<< エスニック雑貨2013年2月四天王寺お太子さん出店します♪ | main |

「ネパール通信」より 職業選択の自由

2013.06.26 Wednesday
0
     





     




    6月25日(火)天気:雨 気温:24℃ 湿度:65%








    はじめに、メールダラへ「湿疹」治療に出かけた報告をさせ





    いただき、ネパールでの就活に触れてみたい。





    6月19日(水)の早朝から「雨」いや〜な感じで「軟膏・





    石鹸・タオル」などを持ってスクテに向かう。





    途中昼食にドラルガルに下車し、1時間後再度バスに乗った。





    しかし、「雨」は止まない。





    吊り橋を渡る時には「小雨」程度であったが、また降り始めた。





    仕方なくパトネと私は、それぞれ30Kg程度の荷物を担ぎ





    山道を歩き始めた。





    途中水場に来た時には「雨」はあがり、うっすらと雲が切れて行





    くのが確認でき「良かった」と思ったのも束の間、突然「どっば」





    とまるで「バケツ」をひっくり返り返したように





    降ってきた。





    傘とカッパに包まって、「雨」の通り過ぎるのを待つ。





    40分ほどで小降りになり、再び歩き始めたが山道は「どろどろ」





    で歩きにくい。





    それでも、そこから1時間15分ほどで学校に(午後3:55)到着。





    早速先生に「軟膏の使い方」を教えようとするが、先生たちもこの雨





    の中、家が心配なので4人居る先生の内1人しか学校に来られないと





    言う。





    子供たちも午後3:30には解散していて居ない。





    仕方なく一人の先生に指導して、残りの先生に教えてくれるよう依頼。





    軟膏:20本・石鹸:20個・タオル:20本を置いて私たちの泊まる





    教室に入る。





    まだ、小雨が降っている。





    我々は夕食の準備に入り、水汲みや野菜を切っていた。





    この雨の中では子供たちも来ないだろう、と思っていたが食事の終わるころに





    は20人近くの子供や父兄が来て「今か今か」と歌や踊りの出来るのを待ってい





    たから驚いた。





    結局、1時間半ほど歌ったり踊ったりして9時過ぎには帰っていった。





    次の日も雨、「どうする?」





    パトネちゃんに聞くと「今日はトラックも来ない」だから歩いて下る以外ないので





    早く下りた方がいいと言う。





    早朝7:30に「お茶」だけ飲んで急いで下った。





    帰りは食糧や支援物資がないため、それぞれ15Kg程度の荷物となり、おまけ





    に下り。





    登りは3時間30分ほど掛かったが下りは55分と「めちゃめちゃ」早かったが「滑る





    ・転ぶ」の連続で、足が「ガクガク」。





    無事「軟膏を届けられた」事で「ほっと」一息。








    さて、今は世界的に就職難と聞くが、日本も例外ではない。





    大学を出ても「自分のやりたい仕事」を選ぶ事は至難の業。





    しかし、考えていただきたい。





    20年30年前でも、同じような就職環境であった事を。





    誰もが「好きな仕事」に付いたら、人材が偏ってしまうのではないだろうか?





    また、「好きな仕事」とは自分が持つスキルに合う仕事のことだろうか?





    そんな仕事は「何処にもない」と断言してもいい。(芸術家以外は)





    仕事とは「キツイ」もの「辛抱」が肝腎「好きになるまで頑張る」と言った言葉が以前





    から聞かれていた。





    「どんな仕事でも」楽な仕事などありはしない。





    だからその対価として「給料」がある。





    「好きで・楽で・楽しくて」こんな仕事など探すのが困難なことぐらい分からないはずも





    ない。





    でも探す・・・・





    これでは、就労年齢が終わっても「探せない」だろう。





    ここネパールでは大学を出ても「働く場所」がない。





    だから「海外へ出稼ぎ」に行くか、「スポンサーを見つけるか」そのどちらかであろう。





    「お金持ち」との結婚も選択肢の中である。





    それが「外国人」でも・・・・





    人間一人の能力で「一体何が出来る」というのであろうか?





    「何も出来はしない」と悟るべきである。





    「何でもやる」と言う「根性」こそ「仕事が面白く」なってくる秘訣である。





    そうすれば、「給料も平行して」上がってくるから面白い。





    今回は、ここネパールでの就職活動の困難さをお伝えし、日本の皆さんの奮起を促し





    たいと考え記載した。








    添付はメールダラから戻って直ぐ、翌日に「捜索願」のあったアサ・ブジェルちゃんを





    尋ねてポカラへ出向き撮影した画像であるが、学校に通って欲しいと考えても





    「飲んべ〜」
    の父親の許可が無くては、それも出来ない。





    日本にも同じような境遇の子供は、ニュースなどで聞いたことがあるが、「採石場」の






    食堂で働く「7歳の女の子の明日」は・・・?





    昔は居たが、今の日本には居ない。





    何が贅沢なのかを考えていただきたい。





    極言すれば「日本で生活できる事」そのものが贅沢である。










    では次回「ネパール通信」まで

















    HPのご案内

    http://gihu-nepal.jimdo.com/





    Ichyo Group Sujita







    ネパールcomments(0)|-|-|-|by ポカラのゆみ
    コメント









     

    プロフィール サイト内検索
         12
    3456789
    10111213141516
    17181920212223
    24252627282930
    31      
    << December 2017 >>
    新しい記事 コメント
    トラックバック
    アーカイブ カテゴリ リンク モバイル
    qrcode
    オススメ オススメ Others ムームードメイン
        

    ページの先頭へ